大判例

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東京地方裁判所 昭和48年(特わ)298号 判決 1975年3月28日

被告人

本籍

東京都三鷹市井の頭三丁目三四一番地

住居

東京都三鷹市井の頭三丁目一四番三号

職業

弁理士

氏名

浅村成久

年令

七二歳(明治三五年一〇月三日生)

被告事件

所得税法違反

出席検察官

寺西輝泰

出席弁護人

大塚正民

三木今二

主文

1. 被告人を懲役一年および罰金四五〇〇万円に処する。

2. 被告人において右罰金を完納しえないときは金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

3. 被告人に対し本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

4. 訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都千代田区大手町二丁目二番一号新大手町ビル三三一号に事務所を設けて弁理士の業務を行なっているものであるが、自己の所得税を免れようと企て、架空経費を計上して簿外預金を設定する等の方法により所得を秘匿したうえ、

第一、昭和四四年分の実際総所得金額が別紙第一記載のとおり五億三一〇八万六〇六九円あったのにかかわらず、昭和四五年三月一〇日東京都千代田区大手町一丁目九番二号所在の所轄麹町税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が二億九三六一万四九三二円で、これに対する所得税額が一億一二四七万九九〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、もって右不正の行為により同年分の正規の所得税額二億九〇五四万一五〇〇円と右申告税額との差額一億七八〇六万一六〇〇円を免れ、

第二、昭和四五年分の実際総所得金額が別紙第二記載のとおり一億八六四一万四二〇九円あったのにかかわらず、昭和四六年三月一二日前記麹町税務署において同税務署長に対し、総所得金額が九六六一万五五七四円で、これに対する所得税額は源泉徴収税額を控除すると四〇七一万六五〇四円の還付を受けることとなる旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、もって右不正の行為により同年分の正規の所得税額二六五八万二三〇〇円と右申告税額との差額六七二九万八八〇〇円を免れ、

第三、昭和四六年分の実際総所得金額が別紙第三記載のとおり二億三二二〇万三〇四一円、分離課税による長期譲渡所得金額が九九四五万二八〇〇円あったのにかかわらず、昭和四七年二月二九日前記麹町税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が、一億二三一八万三九二四円、分離課税による長期譲渡所得金額が一億〇一四五万二八〇〇円で、これに対する所得税額は、源泉徴収税額を控除すると一一三三万七六六〇円の還付を受けることとなる旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、もって右不正の行為により同年分の正規の所得税額七〇二二万七三〇〇円と右申告税額との差額八一五六万四九〇〇円を免れ

たもの(税額の算定は別紙第四記載のとおり)である。

(証拠の標目)

一、被告人の当公判廷における供述

一、被告人の検察官に対する供述調書二通

一、被告人に対する大蔵事務官の質問てん末書五通

一、大津方男の当公判廷における供述

一、大津方男(三通)、浅村皓、浅村肇、小沢慶之輔、小沢紀子、家森賢道の検察官に対する各供述調書

一、浅村皓(三通)、浅村肇(三通)、小沢慶之輔(二通)、小沢紀子(二通)、大津方男(七通)、松崎裕子に対する大蔵事務官の各質問てん末書

一、次の者の作成の各上申書(かっこ内は検察官請求証拠目録の番号)

1. 大津方男・七通(甲一29、35ないし37、39、42、44)

2. 松崎裕子・七通(甲一30ないし34、38、45)

3. 蛭田明子・二通(甲一40、41)

4. 阿部百合子・一通(甲一43)

5. 細川房子・五通(甲一46ないし50)

6. 本田克之・一通(甲一51)

7. 山下新太郎・一通(甲一52)

8. 茂木伸朗・一通(甲一53)

9. 田崎和・二通(甲一54、55)

一、次の者の作成の各証明書(かっこ内は前記に同じ)

1. 植松昌彦・一通(甲一56)

2. 桐生忠直(甲一57)

3. 田崎和・一通(甲一58)

4. 稗田博・四通(甲一59ないし62)

5. 石山功・一通(甲一81)

一、次の大蔵事務官作成の各調査書(かっこ内は前記に同じ)

1. 岡本亀喜・四通(甲一63ないし65、69)

2. 岩田幸昭・六通(甲一66ないし68、71ないし73)

3. 安東仁一郎・二通(甲一70、70の2)

4. 立野稔治・四通(甲一74ないし77)

一、押収してある次の各証拠物(押収番号はいずれも昭和四八年押第一九六三号でかっこ内はその符号)

1.元帳六冊(1ないし6)、2.金銭出納帳三冊(7ないし9)、3.普通預金出金帳一冊(10)、4.当座預金出金帳一冊(11)、5.銀行払込簿五冊(12ないし16)、6.外貨入金簿四冊(17ないし20)、7.小切手手形受入簿一冊(21)8.円貨入金簿(22)、9.現金受入簿二冊(23、24)、10外注費支払帳一冊(25)、11四四年分所得税確定申告書控一袋(26)、12四五年分所得税確定申告書控一袋(27)、13四六年分所得税確定申告書控一袋(28)、14領収書綴四綴(29ないし32)、15外国送金一覧表三綴(33ないし35)、16金銭消費貸借抵当権設定契約書等一袋(36)17契約書等一袋(37)、18土地売買契約書一袋(38)、19出金伝票等一袋(39)、20出金伝票一袋(40)、21仮払伝票等一袋(41)、22契約書等一綴(42)、23四三年分所得税確定申告書控一綴(43)、24金銭出納帳・印紙四冊(44ないし47)、25ACファイル一綴(48)、26出金伝票三袋(49ないし51)、27退職簿一冊(52)、28退職金計算書一綴(53)、29手帳一冊(54)、30土地売買契約書等一袋(55)、31住宅資金融資規定による契約証綴一綴(56)、32金銭消費貸借契約書一袋(57)、33金銭消費貸借契約書等一袋(58)、34生命保険料台帳一冊(59)、35昭和四四年分の所得税確定申告書一綴(60)、36昭和四五年分の所得税確定申告書一綴(61)、37昭和四六年分の所得税確定申告書一綴(62)

(当裁判所の判断)

一、所得税法二三八条にいう「偽りその他不正の行為」の有無について

1. 前掲関係証拠上、正規の税務会計の原則に従って計算した被告人の昭和四四年ないし昭和四六年分の総所得金額は別紙第一ないし第三の各修正損益計算書記載のとおりであり、その各所得税額が別紙第四税額計算書記載のとおりであること、被告人が所得金額および所得税額を過少に記載した所得税確定申告書を判示のとおり所轄税務署長に提出したことは明らかである。

2. 当裁判所は、真実の所得を隠ぺいし、それが課税対象となることを回避するため所得金額をことさら過少に記載した内容虚偽の所得税確定申告書を税務署長に提出する行為は、それ自体所得税法二三八条にいう「偽りその不正の行為」に該当するものと考える(最高裁判所昭和四八年三月二〇日判決最高裁判所判例集二七巻二号一三八頁参照)。

3. したがって、問題は被告人が本件で過少の記載をした所得税確定申告書を所轄税務署長に提出したのは自己の所得税を免れる目的でことさらなしたものであるのか、単なる誤算、不注意その他の経理上のミスのみによるもので過少の認識がなかったものであるのかという点にある。

4. そこで検討すると前掲関係証拠上次の各事実を認めることができる。

(1)  被告人は弁理士であって、浅村内外特許事務所を経営し、弁理士、その他の従業員多数を雇傭して弁理士業務を行っているものであるが、事業上不測の事態が発生しても事業の維持運営に致命的打撃をうけないですませる程度の資金を蓄積しておく必要があり、特に顧客から依頼された出願手続上の過誤が発生し、多大の損害賠償を請求されたり、それが原因で大きな得意先を失い収入が激減する等の不振の事態が発生してもこれに対処しうるだけの財政的に強固な基盤を築いておく必要があると考え、資金、資産の蓄積を図ったこと、しかし、真正な納税申告をしていては被告人の所得の増大に伴い累進税率によって被告人の納税額も増大し、右の資金、資産の蓄積に支障をきたすところから、被告人は所得の一部を秘匿したり所得を分散させるよう経理処理をしたうえ過少申告をなし、所得税の負担を減らし、蓄財の目的を達しようとしたこと、

(2)  その方法としては、被告人の事業収入のうち国内のものは源泉徴収の対象とされているものが多く、また外国の依頼人からの収入も為替管理の対象となっているため、いずれも課税当局からの税務調査等により収入の実態を把握されやすく、収入面でのごまかしができにくいところから、架空・水増経費の計上などの費用面での経理操作によって所得を秘匿しようと考えたこと、被告人は昭和三一年ころ事務所の経理税務担当責任者大津方男に指示して右の経理操作の具体的方法を検討させ、同人の進言を容れて、次のような架空経費を計上する方法で所得の一部を秘匿することとしたこと、その一は、米国ラグナー弁理士事務所に対して実際には米国での工業所有権の出願手続を依頼した事実は一切ないのに同事務所に対して出願手続を依頼しこれに対する手数料を送金した形式で出金伝票を作成し、記帳して被告人がその出金額相当の現金を大津から受け取り、または無記名貸付信託などにさせてこれを受け取っていたもので、決算においてこれを「その他直接費」の勘定科目で経費に計上し、また「未払金」の勘定科目で未払費用として経費に計上していたものであり、この架空経費の計上は昭和四五年二月まで続いたこと、その二は、「印紙料」科目を利用し、実際には印紙を購入していないのに架空の印紙購入の出金伝票を作成して記帳し、これに相当する金額の現金を被告人が大津から受け取って管理していたものであり、さらにまた決算書類作成の際に被告人の意をうけた大津が経費元帳の印紙料の金額を改ざんして水増しし、決算書の経費明細書には改ざん後の金額を記入し、水増分相当の所得を秘匿していたもので、この架空・水増印紙料の計上は昭和四四年まで続いたこと、

(3)  被告人は昭和四一年ころから売上が上昇して所得が激増してきたため、所得を分散した形式をとることによって累進税率による納税額を減少させ、事務所の資金の蓄積を図ることを考え、大津方男の進言を容れ、同人に指示して実際には手数料を支払った事実はないのに次男皓、女婿小沢慶之輔、三男肇(昭和四四年以降)に対して手数料を支払ったかのごとく仮装して出金伝票を作成し、右三名の名義による定期預金を設定し、これを被告人が大津から受けとって管理したり、あるいは現金で受け取って被告人が絵画などを買ったりしていたこと、右三名の所得税確定申告も大津の手元で行うところから右三名についてはその所得税確定申告において右支払手数料に対応する事業所得を計上して申告納付し、その所得税や事業税などは、再び被告人の支払手数料として計上したり、一たん立替払として計上し、決算確定申告時に「支払手数料」や「公租公課」の勘定科目に振り替えたりしていたもので、右はいずれも被告人の事業上の経費でないのに仮装の経費を計上していたものであること、

(4)  被告人は、ラグナー弁理士事務所に送金した旨の仮装経理により受け取った現金、皓ほか二名に対する支払手数料名義の仮装経理により受け取った定期預金等は自己の手帳に記入し、自己の資金として特段の区別をせず管理運用していたものであり、ラグナー弁理士事務所、浅村皓、小沢慶之輔はこれについて全く関知していなかったこと、

以上の各事実が認められるのである。

5. 右に認められる事実関係からすれば、被告人は本件各年度の所得税確定申告にあたり右のような仮装の経理処理により自己の所得税確定申告書に計上した所得金額、所得税額が所得の一部を隠ぺいした虚偽過少のものであることを充分認識していたものと認められる。

しかるに、被告人は右過少の所得税額を申告納付することによって、その金額で納税義務を確定させ、その余の税額を免れようと意欲したものであることが明らかである。そうだとすれば、被告人の右ことさらな過少申告行為は所得税法二三八条にいう「偽りその他不正の行為」に該当するといわざるをえない。

二、「支払手数料」に関する被告人の認識について

右に認定したとおり、本件のいわゆる「支払手数料」はこれに関連する公租公課の勘定科目も含め、いずれも被告人の事業収入に対応する経費ではなく、これを経費であるかのように仮装して計上したにすぎない被告人の所得隠ぺい工作であることは明らかである。ところで、弁護人は被告人がこれを合法的な節税の方法だと信じていたもので被告人には所得税ほ脱の犯意がなかった旨主張しているので、さらに検討すると、関係証拠上被告人は皓ほか二名の名義で設定される定期預金が「支払手数料」として経費に計上されることはその都度決裁して知悉していたことが明らかであって、架空経費であることの認識があり、これを計上することによって自己の所得が圧縮され、自己の所得税の負担が軽減されるものとの認識があったものであるから、ほ脱犯としての過少申告行為として欠けるところがない。のみならず、被告人が本件査察調査開始後に浅村皓ら関係者を集め、この支払手数料が実際に同人らに支払われていたように供述を合わせようとした事実などからしても、被告人が右の支払手数料名義の経費計上が違法なものであるとの認識を有していたものと言わざるをえない。

三、ほ脱税額の算定について

ことさらな過少申告行為によって所得税を免れた場合、免れた税額はほ脱犯の実行行為である過少申告行為と相当因果関係にある税額であり、それは正規の税額、すなわち税務会計の原則に従って仮装隠ぺいの経理処理部分、誤算、不注意等の経理ミスを修正して算出しなおした正規の所得税額と、過少申告によって申告納付した税額との差額であると解すべきである。

(法令の適用)

1. 該当罰条

所得税法二三八条(懲役と罰金を併科)

2. 併合加重

懲役刑につき刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情最重の判示第一の罪の刑に法定の加重)

罰金刑につき刑法四五条前段、四八条二項

3. 労役場留置

罰金刑につき刑法一八条

4. 執行猶予

懲役刑につき刑法二五条一項

5. 訴訟費用の負担

刑事訴訟法一八一条一項本文

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 池田真一)

別紙 第一の一

修正損益計算書

浅村成久

自 昭和44年1月1日

至 昭和44年12月31日

<省略>

別紙 第一の二

修正損益計算書

浅村成久

自 昭和44年1月1日

至 昭和44年12月31日

<省略>

別紙 第二の一

修正損益計算書

浅村成久

自 昭和45年1月1日

至 昭和45年12月31日

<省略>

別紙 第二の二

修正損益計算書

浅村成久

自 昭和45年1月1日

至 昭和45年12月31日

<省略>

別紙 第三の一

修正損益計算書

浅村成久

自 昭和46年1月1日

至 昭和46年12月31日

<省略>

別紙 第三の二

修正損益計算書

浅村成久

自 昭和46年1月1日

至 昭和46年12月31日

<省略>

よび税額計算書

<省略>

別紙 第四

課税総所得金額お

浅村成久

<省略>

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